子どもの読解力が低下している件について

はいどうもカントウです
今日新聞で子どもの読解力についてのトピックがありました
最近の子どもは 文章を読解する力が落ちているという感じで書いてありましたね
この問題を解け!という感じでテストの文章があるじゃないですか
その中で 、解答する答えじゃなくて、そもそも問題文そのものを読む力が低下しているんじゃないか との懸念がある みたいですね
その新聞では 大学教授のブログを例に出して
この研究は大変だったけど今ではいい思い出です なんちゃらかんちゃらでどうちゃらかんちゃらで
ということが書かれていまして、
さて この大学教授が研究を始めたのはいつでしょうか!という問題だったんですけども
実は本文は過去形で話しているんですけども それが読み取れないがために問題を間違えてしまう人が続出したと
私自身もちょっと戸惑ったくらいですから 最近の方はより難しいのではないかと思いました
なぜ読解力が下がってるのかと言いますと私の推測なんですが
今のスマホネイティブの方々は初めに触れる文章が lINE や Twitter なんですよ
昔はスマホなければ携帯もなかったので始めに触れる文章が 新聞や雑誌や本だったりしました
それってある程度文章が洗練されたものだし、かつ自分とは全然立場の違う人たちの書かれた文章なんですよ
それを初めに読んでいたから、未知の文章でもその背景を推し量る読解力を身につけることができた。
ですが最近は初めに触れる文章はそこではなく 自分の友達や 自分に関連のある人たちの しゃべり言葉などを猛烈に読むことが多いです
それこそ滝の荒行のように毎日、猛烈に
おそらくその影響で 文章の読解力が低下してるのではないかと思われます
まず 自分と立場の違う 人の文章に 触れる機会が少ないですし
よって その人が何を言いたいのか?って想像する 力も身に付かないんだと思います
ネットバカという本の中に
…まこれ海外の人が書いた本なんですが
日本のケータイ小説 を書いている 作者に話を聞いたところ
「自分と関係のない 人の文章を何で呼ばなきゃいけないの 私は私に関係のある人の言葉しか興味がないわ!」
と言うインタビューが出てきます
この感覚は私にとってなかなか新鮮なものでした
確かに 幼少期の頃から慣れ親しんだ文章が LINE や Twitter など SNS だとどうしても文章というものは自分と関連する人たちとのコミュニケーションのツールとして考えるのが自然だと思います
そして明らかに自分と違う人たちの 書いた文章などは読む気がしなくなってしまいますね
彼らにとって文章とは 共感するためのツールだからです
自分とは異質の人たちの考え方を取り入れて成長させるための方法という捉え方ができないわけですね
まぁ慣れ親しんでいないからだけだと思うのですが…
ですので 読解力が下がっていると言われるのも仕方がないのかなと思います
じゃあ読解力を上げるためにはどうすればいいのか という話になるのですが
やはり自分よりレベルの上の人達と 絡むのが一番いいのかなと思います
本が好きな人は特に良いですね
例えばHIKAKIN さんが大好きなキッズ達がいたとして hIKAKIN さんがなんかめっちゃこの絵本面白いよって薦めたらその本読みたくなるじゃないですか
まあ別に小難しい本を読む必要も特にないんですけども
自分と立場の違う人たちの書いた 自分とは全然考え方の違う 物に触れてみる機会
それがあるかないかで 今後の人生全然変わってくるんじゃないかなと思います
SNS の発展で皆さん考え方が多様化しているように思えて、返ってネット上の村社会のような 価値観が閉塞化している という現状もあると思います
それじゃあもったいないと思うんですよね
こんな時代だからこそ 自分とは全然違う 考え方に触れたり 未知の考え方に触れたりすることができるので
それを拒絶せず否定せず
それって何やねん!
と興味を持って 読んでみると人生が豊かになっていくかなと思います
なので私のブログも読んでくれて嬉しいなあと思ったりしています
以上です

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